増幅・正規化           (参照 ノーマライズとS/N比)                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010 その他の標準搭載「効果」  この項ではaudacityに標準搭載された効果コマンドのうち、使用頻度の高そうな ものを選び、解説を行う。 *ver1.3.8から内部演算処理が完全浮動小数点になったため、「増幅」などのコマン ドはその役割がやや変化した。この点については後述。 ☆ 増幅   増幅は信号のレベル(=音量)を制御する(変えられる)機能であるが、audacity  には同様な音量可変の機能が複数ある。「増幅」「正規化」「ミキサーツール」「エ  ンベロープツール」「トラックレベル」であるが、これらは想定用途や使い方が異な  ってはいるが、audacityにおいて、この機能はXXXの作業のための〜という押し付け  は無く、自分の操作手順(あるいは都合、あるいはイマジネーション)にあわせて、  最適なものを選べばよいのである。よく分からない間は不便ではあるが、どれかひと  つに固執して使ってみるのも学習としてはよいだろう。  それぞれの特徴を表にすると           動作スタイル       入力形式    オーバーレベル警告               出力ファイルへの影響           増幅        オフライン   有り  数値・スライダー    有り 正規化       オフライン   有り  ON/OFF(+DCオフセット除去)なし ミキサーツール   リアルタイム  なし 数値・スライダー    なし エンベロープツール オフライン   有り  画面へのドロー     有り トラックレベル   リアルタイム+ 有り  数値・スライダー    なし(△) PAN(BALANCE)    リアルタイム+ 有り  数値・スライダー    なし(△) オートドック    オフライン+CTL 有り  パラメータ       なし     *エンベロープツールは「編集1」で解説、参照   *数値・スライダーの数値画面は、スライダーツマミを左ダブルクリックで表示    される。これらのスライダーは「拡張ストローク」を持ち、可変範囲はみかけの    ストロークの2倍のストロークを持つ。   *オーバーレベル警告が「なし」の場合、メーター表示でのみオーバーレベルを    監視できる。   *トラックレベル調整、PAN調整はエフェクトには影響を与えない。エフェクト    処理でオーバーレベルになる場合は、「増幅」でレベルをあらかじめ下げておく    必要がある。(ver,1.3.8以降の場合も同様)   *オートドックについては、「ゲインリダクション」の項のサイドチェーンを参照。   増幅はその名の通り、音信号のレベルを上げ下げする機能で、聴覚的にはレベルを  上げると音は大きく、下げると小さくなる。ミキサーではフェーダーで、オーディオ  ならボリュームで変化させられることと同じように思われるが、このコマンドの役目  は「音量を変える(ことによる表現)」ことではなく、変えることのための前置作業、  (表現のための準備)として使用する。情報理論的にはレベルの上げ下げでさえ、オ  リジナル情報からの損失といえるが、audacityにいくつか用意されている音量調整  (エンベロープツール、ミキサーツール、トラックレベルなど)のどれよりも高精度  かつ低損失な処理である。増幅域は±50dBと広範囲に及ぶ。数値入力可能。      増幅はアナログにおいては、能動素子であるトランジスタや真空管の増幅機能によ  って実現される。トランスのコイル巻き数比による電圧レベルの変更は増幅とは呼ば  ない。アナログ時代、増幅とは常にノイズとの戦いであり、入力される信号が小さ  いと、それは単に信号が小さいだけでなく、物理学でいう「熱雑音」という「普遍の  ノイズの海」に半分沈みこんでいるということであり、どんなに優秀な増幅器(アン  プ)を用いても、増幅すると海面ごとその信号は増幅されてしまう。すなわちS/N比が  稼げない(録音ではサーというノイズにまみれている)ことを意味している。この問  題はデジタルにおいてもまったく同様である。   さらにアナログの時代にはこの普遍のノイズに加え「入力換算雑音」という概念の  ノイズが増幅器にはあるが、この雑音は入力される信号がノイズの海に沈みこんでい  るだけではなく、アンプの入力もまたこのノイズの海に沈んでいる・・・つまり入力  がなくても、増幅するとアンプの入力にある(とされる)ノイズも増幅され、結果と  して入力にもともと含まれているノイズと入力換算雑音に増幅率を掛け合わせたノイ  ズが出力されてしまうのである。(本質的にはどちらの雑音もボルツマン定数を起源  とする同じ性質のものではあるが、運用上は区分して考える)   このためアナログでは根本的に高いレベルを如何にして維持しながら作業を行うか、  が重視されることになる。(つまり、レベルを下げ、下げた分増幅するだけで、ノイ  ズは増える=S/N比が悪化するので、できるだけそのような運用を避けなければなら  ない)   デジタルにおいてこのあたりの事情は随分変貌した。  デジタルにおける増幅とは数学的には(情報処理的には)単なる掛け算である。  無論もともと入力に含まれているノイズはそのままであるが、アナログでいうところ  の「入力換算雑音」あるいは「掛け算固有の雑音」は存在せず、「入力される信号の  実質ビット深度に対して、処理系のビット深度が十分大きければ」、無損失の増幅が  可能なのである。   同様に扱う信号の実質ビット深度に対して、処理系のビット深度が十分に大きけれ  ば、その範囲内においてレベルを下げ、下げた分増幅して理論的には同一の信号に戻  る。(入力される信号が16bit、処理系のビット深度が32bitとすると、入力された信  号を-96dB下げ、再び96dB増幅しても損失は生じないことを意味する・・実際にaudaci  tyではそのような処理が可能)   オリジナルのファイル入力信号のレベルの大小は、S/N比には影響を及ぼさないので  ある。  デジタルにおいてすべてがそのような恩恵を受けているかは、設計者の思想により様  々であるが、audacityにおいて動作は理論どおりである。リアルタイム操作を主眼に  置いたソフトのいくつかでは短縮計算が祟り、理論どおりの処理はできない。   audacityで読み込む信号は様々で、同じ録音物であっても、録音者の流儀や現場の  事情によってばらつきがある。また、自らが録音したものでなくても(どこかから転  用した音であっても)出所によりレベルは様々である。とくにJ-POPなどのCDと、自分  で録音したものの間には不条理なほどのレベル差があると思う。   これらのレベルを揃える作業を「正規化」と呼ぶが、audacity にはこのため専用の  「正規化」効果と、さらに手心が加えられる「増幅」効果の2つが用意されている。 ○ 動作  どちらも効果を適用する範囲を決め、効果を選ぶと「選択した範囲の最大のレベル」  がクリップしない最大のレベルになるように、自動で増幅率を決定し実行する。この  正規化と増幅では幾分意味が違い、増幅では大きくするだけではなく、小さくするこ  ともできる。  0dBでは無変化で+xxdBで大きく、−xxdBで弱めることができる。増幅コマンドを選  ぶと、最初に選択した範囲の最大レベルを検出し、その部分が0dBになるように増幅率  を決定し表示するが、使用者はスライダーによって「手心」を加えることができる。   要はこれらのコマンドは「クリップしない最大のレベル」に自動で増幅してくれる  のであるが、使用者の要求は、クリップしないことではなく、必要な部分ではクリッ  プせずクリップしてもかまわない部分はクリップしても良いのである。クリップは劣  化ではあるが聴かせるべき部分が正常であるならそれ以外の不要部分ではクリップを  「許可」する。   クリップしても良い部分とは、使用者の考え方や用途により様々ではあるが、マイ  クロホンへのタッチノイズやスイッチ切り替えノイズ、あるいは静かなコンサートで  は拍手や咳払いなどもこれにあたるかもしれない。また表現として故意にクリップを  用いても良い。  (audacityのプラグイン集"LADSPA_plugins"には歪み系のプラグインが数多く含まれ  ている) *効果的な運用 1)操作者が考える「必要な部分」の「代表的区間(数十秒〜数分)」を「仮に選択」  (選択ツールで指定・・指定部分の表示が暗くなる)し 2)「効果」→「増幅」すると、その部分の「クリップしない最大の増幅度」が「増幅」   窓に表示される。 3)この数値を読み取り(メモして)、「キャンセル」で閉じる。 4)適用する全範囲を選択し、(この範囲を再現したい、あるいは異なる作業で何度も   同じ範囲を選択する場合は、「ラベルを設定」→→「トラック」→「選択範囲にラ   ベルをつける」でマーク。(または領域をドラッグで選択し、Ctrl+B) 5)「効果」→「増幅」し、「クリップを許可」にチェックマーク、「OK」で実行。 6)クリップ部分の確認・・・(「ビュー」→「クリッピングを表示」すると便利)・・  音の変化を聞き取りで許容できるかどうかを確認。  注意)  繰り返し何度もこの注意は記述したが、エンベロープツールとそれ以外のレベル調整  コマンドを併用する場合、操作の手順と実行の手順は一致しない場合があることに注  意する。例えば、エンベロープツールで-96dBに信号を弱め、増幅で+96dBするともと  どおりのレベルになるはずであるが、audacityの内部処理ではエンベロープツールは  常に後処理(ファイル書き出し直前)になるため、内部処理の手順は先に+96dBの増幅  を行い、後から-96dBするので、+96dBした時点で原型をとどめぬほどにクリップし、  その矩形波を-96dB下げた状態になる。先にエンベロープ処理を行うには、エンベロー  プ書き込み後一旦ファイル出力して再読み込みするか、あるいは無音トラックをつく  り、その無音トラックとの「ミックスして作成」を行うことで、「レンダリング」す  る。その後増幅を実施する。 ○ 正規化の動作   正規化も「増幅」の一種であり、使い方も似ているが「手心」を加えることはでき  ない。そのかわり正規化ではDCオフセットの除去とレベル正規化のどちらか、あるい  はその両方を行うことができる。DCオフセットとは極低い、通常は不要とされる周波  数成分または直流成分のことで、多くの音響用A/Dコンバータは大なり小なりこのオ  フセットを持っている。また通常のレベルでは問題にならないDCオフセットも増幅す  ると無視できないほどになる場合もあるが、正規化ではこのオフセットを取り除く、  一種のハイパスフィルターを使用することができる。 ○ オフセットがあると具合の悪いこと  オフセットがあると、波形そのものも+側か−側に寄っているので、その分早くクリ  ップし始め、オフセットが無い場合よりも歪みやすい。また各種の処理においても非  対称歪みが発生しやすく、結果的にダイナミックレンジを損なうことになる。   またオフセットが最も深刻な影響を及ぼすのは、切り貼りの編集時で、編集箇所が  無音であっても、接続する信号のオフセットの値が異なっていると、必ず編集箇所で  「プツ」というノイズが入ることになる。切り貼りの編集を行う場合、オフセットの  有無を確認し、オフセットがあったり何度編集しなおしても「プツ」ノイズが出る場  合は、この正規化でオフセットの除去をおこなうべきであろう。(編集前に) 昔話)アナログの時代、テープ録音の低域限界は20Hz程度であり、数HzやDC成分は録音  したくてもできなかった。したがって、編集時にDCオフセットが問題になることも無  かったが、ミキサーやエフェクターのON/OFFスイッチの操作で、同様の「プツッ」ノ  イズがでることはよくあったが、これは回路上のDCオフセットがスイッチの前と後ろ  で異なるために生じるためだ。原因はスイッチの前後のコンデンサ不良やスイッチそ  のものの接触不良なのであるが、接触不良の接点の特性は、ダイオードのような検波  作用であることは驚異である。  ダイオードが生じることによってDCオフセットが生まれるのである!! ☆多チャンネルソースにおいて、レベル調整は最終的には「ミキシング」目的で使用さ  れることが多いが、audacityにおいてリアルタイム操作によるミックスが困難なこと  がネックであると考えられることが多い。(世間一般に)  しかし、筆者も筆者の師匠たちも「フェーダーでミックスはできない」と説く。  確かにフェーダーで何とかバランスをとらざるを得ない場合もあるが、音量のみで得  られたバランスは、脆弱だ。バランス・ミキシングの心得の項へ続く