前後を反転・上下を反転                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010 その他の標準搭載「効果」  この項ではaudacityに標準搭載された効果コマンドのうち、使用頻度の高そうな ものを選び、解説を行う。 ☆ 前後を反転(Reverse)   選択部分の、テープで言うところの「逆回転」である。  この効果について論じることは、あまり意味を持たない。多くの可能性は論理性の名  のもとに、それらが実現できる前から学問において「予言」されている。一連のデジ  タル技術はおろか、通信技術や医学、天文学などXX論とはXX予言と読み直しても過言  ではないかもしれない。ただ、「読み違い」や「見落とし」も多く、例えば音楽にお  いて、現在の音楽状況や音楽制作の技術を音楽学は説明できないし、もっと簡単な例  では、「なぜリバーブをかけるのか」すら説明できない。他にも、音は波形によって  表現でき、その波形を再現することでその音が再現されるというものであるが、電子  オルガン開発初期において、波形再現は悲願であった。ところがその波形再現ができ  てみたところで、トランペットやフルートの音は得られず、所詮「オルガン」の音に  過ぎなかったのである。これはその理論において、音は「高さ(周波数・音程)」  「強さ(エネルギー・dBspl)」「音色(倍音構成・スペクトラム)」に分解でき、こ  れらの要素を合成することで「元の音」を再現できる・・・というものなのだが、決  定的な要素である「エンベロープ」が搭載されるのは「ミュージックシンセサイザー」  の登場を待たねばならなかった。エンベロープの重要性を完全に見落としていたので  ある。(高さ、強さ、音色の3要素は時間断面であり、エンベロープは時間構造そのも  のであるため見落としたと言う弁明も。人間の思考は時間構造の考察が苦手なのだ)  現在でも音楽学において音の3要素にエンベロープが加えられたという話は聞かない。   audacityにおいても基本理論の部分は、開発言語がNyquistであることに根拠を求  めるまでも無くナイキスト理論とフーリエ理論の応用であり、これらの主要部分はデ  ジタル技術が実現できるはるか以前19世紀の産物である。(少々過激な言ではあるが)   逆回転だが、この技術(行為)自体、どこにもその予言は無く、面白いはずもない。  敢えて出典を求めるなら、聖書に「悪魔はその全てが逆の存在である」といういささ  か比喩的表現であらわれる。映画「エクソシスト」には悪魔の発言を、テープの逆回  転で聞き取るシーンがある。西洋においてラテン語を起源とするヨーロッパで用いら  れる言語は表記が表音型であり、逆から読むと逆回転になる。これはその地域に住む  子供たちの「遊び」であり"Back word"と呼ばれる。わが国では表意文字であり、しか  も最小単位である「かな」でさえ子音と母音がコンポジットされたものなので、逆さ  言葉で遊んでもBack wordにはならない。  つまり「悪魔的」ではないのだ。   実際に勝手知った音楽や言葉を逆回転にしてみよう。 操作) 範囲をドラッグで選択し(トラック全体の選択ならトラック左のサンプリング  周波数表示のあたりをクリック)、→「効果」→「左右の反転」。   予想を裏切る面白さではないか。正方向の聞き取りでは聞こえなかったものが聞こ  えるではないか。イマジネーションを掻き立てられないだろうか。この面白さの説明  は不能である。   さきに予言のことを書いたが、逆回転は録音が可能になった時点で初めて「できる  からしてみた」のであり、その点では予言(系列)の外にあるわけで、その意味では  悪魔的である。このサウンドに惹かれる(惹かれない人もいるとは思うが)には理由  がある。   人間の知能や意識は時間軸上に展開される基本構造を持ち、しかも同時には1本の時  間軸しか用意されない。この時間軸に異常をきたすといわゆる「精神病」になってし  まうのだそうだが、それゆえ考えれば考えるほど1本の時間軸にしがみつき、思考すべ  き別の時間軸(音楽や芝居など)から遠ざかってしまう。これでは具合が悪いので、   平面に記述することで(譜面やシナリオを)思考支援することを古くから嗜んできた。  逆回転はその思考支援をもってしても想像できない、しかも「無意味ではない」情報  の羅列であり、意識の根幹にも抵触する重大な事象の提示なのかもしれない。だから  「意識」は無関心ではいられないのだ。 応用)   あまり応用について書くとイマジネーションを刺激するだけなく、逆に発想を縛り  付けることになるので、あまり多くは記述したくないが・・・・。 ○ 隠されたメッセージを込める。   ここでは有効性の有無は論じないが、欧米のポップスのヒット曲の多くには様々な  形でメッセージを隠す、ということが相当に行われている。   音楽は他の分野に比べ、存在そのものが抽象的で(歌詞に限っていえばそうではな  いが)、聴き方により様々な印象を受けるように工夫を凝らす。例えば歌詞にしても  メロディーにしても「韻を踏む」とは一種の暗示といえるし、過去の楽曲や要素を暗  示として用いることは常套手段である。楽曲や歌詞には聴いたままの明示の部分と、  分析を凝らさなければ表に出てこない暗示の部分がある。人々の「心に響かせる」に  はこの暗示の活用は必携であるが、制作者側の立場では他の楽曲との差別化を図りた  いわけで、そのために様々な手段を暗示作成のために講じる。   映画などではひとコマだけ「暗示」にあたる画像をもぐりこませるなどの「サブリ  ミナル効果」などは有名であるが、音楽においてもこのような手法が数多く考案され  ている。   問題は「暗示」なので、聴き手に意識されては元も子もないわけなのだが、一時期  には「お約束」のように「裏のメッセージ」や「意味深な鍵」を仕込むことが当たり  前だった時代がある。   間接的には「別の楽しみ方」ができるわけで、作品の奥行きと言えなくもない工夫  ではある。   一時期ニューヨークの某ラジオ番組では、ヒット曲を全編「逆から聴く」ことを慣  わしとしていたものがあったぐらいだ。つまり逆回転の逆回転は正回転なので、隠さ  れたメッセージが浮上し通常聴こえる部分が抑圧されるわけだ。   逆回転が暗示作成の全てというわけではないが、常套手段の一つといえる。 ○ 新しい「サウンド」の探求   例えばピアノのフレーズを逆回転にすると、どう聴いてもピアノではなく、オルガ  ンかアコーディオンの音にしか聴こえない。これはエンベロープが逆になるために起  こることなのだが、既存の楽器の演奏であっても逆回転にすることで、未知の楽器の  演奏に仕立てることができるのである。もちろん効果的な音もあれば、ほとんど区別  がつかない楽器もある。無論、逆から演奏できなければどうしようもないのだが、楽  しいスタジオ作業のひとつだ。   逆回転が面白いのは単に演奏だけではなく、様々な処理を逆回転状態で行い、その  処理した音を再び逆回転(=正回転)にすることで、誰も聞いたことのない「自然に  はありえない」音を作成することができる。筆者もこの手法は定番として使用してい  るが、効果が著しいのはリバーブ、(デジタル、天然空間を問わず)、エコーなどで、  もう30年以上使い続けていることになるが、一向に飽きる気配はない。   もうこれくらいにしよう。   audacityにおいて逆回転は無損失で処理される。 ☆ 上下を反転(Invert)   わが国では慣例的に「位相を反転」と言うが、位相は角度で表すものなので反転は  しない。  位相と言う場合、先の「反転」を除けば、2つの意味がある。ひとつは位相伝送特性を  表す場合と、遅延を表す場合があるが、学問の世界はともかく、現場ではこれらが何  の区別もなくごっちゃに論じられ、しばしば意味不明な混沌が訪れる。アナログの時  代には遅延を作り出すことが容易ではなかったので、まだ混沌は浅かったが、デジタ  ルの時代「遅延のない系は無い」状況に至り、位相についてもう少し明確な現場的定  義を行った方がよいと思われる。遅延に対してはレーテンシーという語を当ててはい  るが、各ソフト・ハードメーカーがレーテンシーについてあまり触れられたくないせ  いか、知識の普及の遅れが目立つ。   「上下の反転」であるが、正しくは「極性」の反転なのだが、欧米においてもミキ  サーなどの入力極性切り替えスイッチに「Phase」の語が当てられているところを見る  と、わが国同様慣例的に「反転」が使われていると思われる。audacityではこのよう  な混乱を避ける目的があってか不正確なPhaseの使われ方は見られない。おそらく上  下とは波形の上下を指すもので、「極性」とほぼ同義と考えられ、また初心者や不正  確な知識の使用者であっても混乱しないための配慮といえる。(英語版のパネルでは  Invert=反転 の語が当てられている) 応用)   録音時の誤りの補正  マイクは世界各地の製品が使用されるが、マイクの出力の極性は厳密には定義がなく、  メーカーや生産国の仕様に準じている(これはスピーカについても同様)。極性があ  っていないと、本来あるべき「定位」や解像度は得られず、またそのまま混合すると  周波数帯域上にも不要な凹凸が生じる。古い録音物やマルチ録音の復旧作業では、こ  の問題をチェックし補正しなければならない。(でなければ正常な再生ができない)  チェックの方法は別項(リサージュなど)を参照。   モノのソースをステレオ化する場合   今筆者の手元に、任天堂の初代ファミリーコンピュータ用のゲームのサウンドトラ  ック(?)のCDがある。このCDにはオーケストラ・アレンジされた生演奏と、ファミ  リーコンピュータ・ハードからの出力とされる音が録音されているのだが、そもそも  ファミコンの音は同時3音しか発音できず、もちろんモノ出力である。しかし聴いてみ  るとそれなりのステレオ感があり、なんとなくリッチに仕上がっている。どのような  処理がなされているのか分析してみると、片チャンネルの極性が反転されており、さ  らに両チャンネル間に数msec時差が設けてあり、要所要所ではリバーブが付加されて  いた。時差だけでは「ハース効果」という聴覚生理上の特性で、定位が偏ってしまう  が、極性を反転することで定位の偏りを解消しているのである。極性の反転だけで時  差がない場合は、聴いてみればわかるが、なんとなく居心地の悪い、気持ちの悪い音  になってしまう。   また、このCDでは曲によって時差の量が変えてあり、飽きにくくなるよう配慮され  ていた。(このような遅延と極性反転のコンビネーションは、様々な音楽分野で用い  られ、別の例が「ハース効果を試してみる」の項にもあげておいた)   ステレオ録音(特にマルチ録音)のセンター定位成分を除去する   ステレオ録音では一般的に表現上最も重要な成分を、L/Rスピーカーの中央に定位さ  せる慣わしがある。ビートルズの中期の楽曲では例外もあるが、中央に定位した成分  はモノで再生した場合もステレオ再生した場合でも、偏った場所で聞いた場合も、最  も高いエネルギーで伝送される。   ポップスでは歌やリズム系楽器、ベースなどがこれにあたり、そもそもモノから進  化したステレオであるため、まともな商業音楽ではむやみに片方のチャンネルには配  置しないものなのである。   このセンター成分を除去することで「カラオケ」を作成したり、センター以外の成  分の分析(例えばコーラスやリバーブのパラメータなど)が容易になる。  この処理のために「Karaoke」という効果も用意されているが、極性の反転を利用して  も同等の効果を得ることができる。後述する精度の悪い録音ではセンター定位成分が、  両チャンネルに正確に同じレベル、無時差で録音されていない場合もあり、自動では  除去が困難な場合もある。どのくらい精度が悪いかは、リサージュ波を観察すること  で容易に判定できる。  (ミックス済みのソースから、カラオケをステレオで作成したり、センター成分のみ  を抽出したい場合は、そのほかの有用なソフトの項で紹介している「VocalReducer」  などのプログラムを用いなければならない)   筆者も大手レコード会社の商業音楽を相当に手がけているが、かつてはセンターの  精度の良し悪しは厳しく審査されていた。故意に位相差などを付けようものなら「納  品拒否」されたこともある。  商業音楽とは本来はそれほどまでにモノなのである。   マスターとコピーの同一性を評価する   出力のメディアとしてCDDA(オーディオCDプレーヤーで再生できる形式)を用いる  ことはよくあるが、まともな音でCDDAを作成することは容易ではない。理由はCD-R上  の信号変調がオーディオCDと通常の「ファイル」ではまったく異なり、エラー訂正な  どのコーディングから情報密度にいたるまで相当な違いがあり、パソコンに直結でき  る多くの光学ドライブは「ファイル」用に設計されたもので、オーディオCDの書き込  みは「おまけ」程度のものが多いからだ。(かつては完全対応のドライブもあったの  だが、現在は皆無。ブルーレイ・ドライブに至っては論外)   おまけとは、うまく書けないという意味で、どのドライブでどのように書き込めば  よいのか、何らかの評価方法を、使用者は持つべきなのである。  *(厳密にはオーディオCD上のデータはストリームであってファイルではない。この   あたりに同じデジタルデータであるにもかかわらず.wavというファイルでは何の問   題も起きないのにCDDAの場合は変質著しい、ということになるのかもしれない)   オーディオCDの書き込みに必要な要件とは、低速(最大でも4倍速程度)のCLV(定  線長読み書きモード)を持っている必要があるが、多くのドライブではCAV(定角度、  あるいは定回転)モード主体で、このモードでは正常な書き込みはできない。簡単に  は書き込み画面にモード表示がでる書き込みソフトもあるし、ドライブの書き込み時  の回転音を観察することでもある程度の判断は可能だ。  オーディオCDプレーヤと同じように、内周(書き始め)は高回転、外周(書き終わり)  は低回転になっていればCLVであることがわかる。しかしCLVはCAVに比べより多くの電  力消費があり、まともに書けているか、エラーだらけかは、オーディオCDプレーヤで  再生し、マスターデータと比較しなければ評価できない。 詳細は「差分抽出」を参照   原理はマスターデータから焼いたCD-R上のデータを差し引き、何も残らなければ  (デジタルゼロ)同じデータであると言えるが、意外と相違がでたりするものだ。  音の良し悪しは、この評価が一致した後の話である。   先に差し引きと書いたが、audacityには差し引きのコマンドはない。コピーの音デ  ータの極性を反転し、マスターと足し合わせ(ミックス)ることで差し引きが実現で  きる。  *オーディオCDプレーヤからの信号はSPDIFを用いて入力しなければならない。  (この目的にはaudacityよりもWaveSpectraの方が良い成績である)