測定と自己校正                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010  本来このテキストは電子音楽制作(シュトックハウゼン提唱の狭義の)を想定した ものとして書き始めたものなので、音楽制作から遠くはなれる測定については必要 最小限に留めたかったが、このテキストを試験配布し始めたころから、それほどの問題 なのなら明確に示すべきだ、と言う指摘が相次いだため、audacityを中心とした構成で 可能な測定系(定量測定はできないので定性的なものに限られるが)を記述する。  またこの方法を知ることにより、身近な道具の評価や、自分の使用しているシステ ムの自己評価にも結びつくことは言うに及ばず、現在の制作シーンの活性化と自浄作用 をうながすことに結びつくことを願って執筆する。  また、バイナリレベルの差分測定と自己校正については、「差分抽出」の項があるの で、そちらを参照。 ☆ ジッタの測定と自己校正 ○この作文でのジッタの定義  時間軸上のゆらぎ(FM変調のようなもの)を総じてジッタと呼ぶこととする。 しかし、現実にはナイキスト周波数(サンプリング周波数の1/2)以下のスペクトル成分 と、ナイキスト周波数以上のスペクトル成分では意味も発生メカニズムも大きく異なる。  またこのテキストで扱うソフトウェアで直視可能なのは、ナイキスト周波数以下の、 しかも定性的(あるかないかの判別のみ=数値化は困難だが、比較は可能)なものに 限られる。  本書で録音専用機(ストリーマー)を推奨したり、PCでの作業をファイル to ファイ ルに限定するように推奨している物理的根拠のかなりの部分は、ここにある。 ○ジッタの害  一定以上の時間軸上のゆらぎは、最悪の場合、デバイスのロックアウト(同期はずれ) などの症状として表れ、この場合は、明確に音とび、「プチ」ノイズ、場合によっては 歪発生などの破綻した状態として出現するが、この項で扱うジッタはもっと程度の軽い ものを言う。上記の場合は完全に「故障」であり(バイナリレベル(=差分抽出)で明確 な相違が認められると言う意味。程度の軽いものとは、バイナリレベルでは相違が認め られない程度を指している。またバイナリレベルでの相違が無い場合、音は同一とする 意見も見られるが、筆者は明示的にそれを否定する。どうしても同一としたい向きには、 以下の文は不要であろう)。  バイナリレベルで相違が見られない程度のジッタが一定以上ある場合に見られる症状 には次のようなものがある。 1)高域のくもり(ある意味高域成分が低下したかのような)、 2)聴覚感覚上のレベルの低下 3)解像度の低下 4)音像の位置関係の平坦化  身近なセットで確認するには、普通のPCでCDをリッピング・コピーしたものと、CD プレーヤ+1倍速CDライターの組み合わせでデジタルダイレクトモードでコピーしたも のを比べれば、その違いは明白だろう。ただし現在のPC用ドライブで差分無くコピーす ることは容易ではないだろうし、ソースによっても上記の症状が出やすいものとそうで ないものがあることも事実。この問題は情報損失に起因するので、最初からソースがそ の情報に乏しい場合、変化は小さい。  個人が自分の趣味で行うコピーなら、そのような損失は無視すればよいだろうが、他 人の利益を左右するプロフェッショナル用途では許されないことだろう。 ○ジッタは時間軸上の揺らぎなので、もともと一定周波数になるように作成した信号の、 周波数の変移として観測できる。  つまり揺らぎのない一定周波数(できれば正確なナイキスト周波数の正弦波が望まし いが、アンチエリアッシングフィルターを解除できないため、ナイキスト周波数は除去 されてしまう。ハードウェア込みの力技の場合は正確なワードクロックを分周して作 成する)を論理作成し、「問題」と思われる場所に注入し、どれほどの周波数変移が あるかを観測する。(ジッタのスペクトラムを観測するには専用のPLLプローブが必要)  この測定に使用できるソフトウェアとして、「そのほかの有用なソフト」の項で推 奨のWaveSpectra.exeとWaveGene.exe(以降WS、WGと表記)が好適である。 前者はFFT(高速フーリエ変換機)、後者は論理信号発生器で、屈指の正確さで定評が ある。裕福な方はサウンドテクノロジー社SpectraLabなどは軍用(スクリュー音解析な ど)としても定評があるのでおすすめだが、100万円以上もする高額なソフトだ。筆者 も事業所登録で正式ライセンスを持つが、FFT部分のみの比較では、WSの方が正確で スピーディなこともよくあるほどの高性能ぶりだ。また他のFFTにはあまり搭載例のな い分析位置 精細指定機能によりトランジェントやスローモーションで解析することば かりか、任意のオーバーラップ解析すら行うことができる。  FFTは入力された信号を一定条件下に限り(2のN乗サイズのサンプル数に限り)、計 算式を端折ることが出来る性質を利用し、高速にスペクトル(含まれる周波数軸上の 成分)をフーリエ解析表示することができる装置だ。端折っているとはいえ、とにかく 莫大な計算量が必要で、マンデルブロー集合と並び、コンピュータ化を推進する、最 もコンピュータらしい使い方の一つとして有名。 <自己校正>  成分分析なので、揺らぎのない正弦波は、一本の輝線として表示されるはずだ。 まず測定系の自己校正を行わなければ使い物にならない。 ○WGで信号作成し、WSでそれを表示する。  伝送路がある場合、その伝送過程でジッタは存在するので、最初に時間軸の無い論理  伝送(WGでファイル出力→WSへファイル入力:ファイルには論理上の時間しか存在し  ない=サンプルの順番しか無い状態)でジッタ無しの状態を観測する。 ☆FFTそのもののサンプリング周波数と伝送路のサンプリング周波数が等しいので、上  記のナイキスト周波数やその半分の周波数を、被測定信号にしたのでは分解能が上が  らないので、(上記のナイキスト周波数を用いる場合はFFTのサンプリング周波数が  被測定信号に対して、十分に高い必要がある)、便宜上1KHzを被測定信号として作成  する。 *WGを開き、  左側のブロックのみ「L+R」で出力できるようにし、(中、右はOFF)  波形  :正弦波、  周波数 :1000Hz  出力レベル:-3dB  Sweepと変調をチェック無し  Fs   :48000または44100 (通常48000、レコーダーの都合に合わせるなら44100)  bit深度 :24  出力ファイル長:30秒  出力形式:ファイル出力 (停止ボタンの右隣のボタン)  *ファイル出力ボタンを押すと、出力する場所を求められるので、都合の良いとこ   ろ(デスクトップなど)へファイル出力する。 *WSを開き  先の出力されたファイルをドロップして読み込ませる。  WSの再生ボタンを押すと、再生しながら解析が行われ、表示が現れる。 ★輝線にならず、ガウシアンな(富士山型の)表示が現れる。これではジッタ測定に  使用することが出来ない。 参照)「F to F 1KHz.gif」「F to F 1KHz H.gif」違いは窓関数。前者は無し、後者は  Hanning 。 原因)FFTは周波数軸上(横軸)滑らかな連続した かのような表示になってはいるが、  実際には有限の周波数分解能しか持っていない(つまり連続ではなく飛び飛びにしか  解析結果が得られない:その隙間を数学的に予想する処理を経て、表示は行われるが  その数学的予想が「窓関数」と呼ばれるもの:HanningやHammingなどの関数)ので  ある。  どれほど有限かは、  サンプリング周波数/FFTサイズ(FFTサンプル数)で求めることができ、  仮にFs=48000、FFTサイズ4096とすると  48000/4096=11.72(Hz)となる。  0Hzから11.72Hz刻みで、ナイキスト周波数(fs=48000とすると24000Hz)まで、等差  数列的に2037個の感度窓が表れる。逆に、この感度窓から外れると、窓関数による  計算で求められた補間した結果が表示されるのだが、予想は予想であり、感度窓ジャ  ストのときの結果とは大きく異なる。 追記2010_02_10)  被測定周波数そのものがサンプリング周波数と同期関係になっているとき(サンプリ  ング周波数のFFTサイズ分の整数)にしか本来のFFT解像度は得られない。正確にFFT  サイズ分の整数になっているときに限り、ナイキスト周波数を用いて測定したことと  同義になる。(ナイキスト周波数=サンプリング周波数X2の1乗分の1)  下記の、WG搭載の「FFTに最適化」とはサンプリング周波数のFFTサイズ分の整数=サン  プリング周波数と同期している、と読みかえることができる。 ☆WGにはこの問題を補正する(補正した周波数を出力する)機能が付いている。(ver,  1.40)この機能は、使用者が1000Hzを指定しても「FFTに最適化」ボタンをおすことで、  もよりの等差数列(上記)の周波数に自動変更する機能だ。この等差数列はサンプリ  ング周波数とFFTサイズで決まるので、ボタンを押す前にそれらの設定を確認する。 *もう一度信号を作成しなおそう。  上記と同じ設定なのだが、  周波数:1000Hzを指定した後、周波数プルダウンメニューを右クリックすると  「FFTに最適化」と「FFTサンプル数」が出現する。先にFFTサンプル数を指定し、  その後最適化ボタンを押すが、高分解能を得るため、FFTサンプル数は16384を指定し  よう。(もっとこの数値を上げればより高い分解能が得られるが、)  実際には  指定1000Hz、Fs=48000Hz FFT size=16384のときに999.0234375Hzに最適化される。  この数値は2.93Hz刻みの等差数列なので、0Hzから数えて341番目の窓にあたる。  342番目は1001.9531Hzになるが、WGは最寄を選択する。  ファイル出力しよう。ファイル名は、周波数、波形、レベルなどをもとに命名すると  後からでもわかりやすい。(たくさん作ることになるので・・・)先の最適化されていな  いファイルとは別名で作成し、交互に比較してみるとわかりやすい。 *WSの設定はとりあえずFFTサイズ(設定3ページ目)16384、窓関数Hanningまたは無し、  の設定を行い、  作成したファイルをドロップして読み込ませよう。  再生ボタンを押すと再生が始まり、同時に解析結果が表示されるが、 ☆☆美しい輝線になっただろう。(WSの表示レンジを最大の-180dBにセットしてみよう)  24bitデータの場合では、ノイズフロアが-180dBあたりにやや右肩上がりで、「ふら  つかずにフリーズした状態」で表示されているはずだ。  これが論理レベルでロックインしたジッタ0の状態である。 ジッタがある場合、この輝線のふもとが、横方向にふくらむのである。膨らまないまで  も山の傾斜や肩口の振るえなどで判別ができる。  (現実にはそれ以上にノイズフロアが上昇し(-100dBくらいか)ノイズに惑わされな  いように気をつけなければならない) 参照)「file to file.gif」「file to file H.gif」両者は窓関数がそれぞれ無しと  Hanning  (注目すべき部分は、輝線立ち上がり部分(根元)の「直角さ」で、その部分に箱のよ  うな踏み台が付いている場合は、そこがジッタ部分と考えられる。ジッタの振幅や  スペクトル分布により、踏み台の形は変化する)  またこの踏み台は時間とともに変動することが多いこともジッタの特徴   変動を静止画で表すことは難しいが、これらのキャプチャーグラフでは、WSのメイ  ン画面の左下にあるピークホールド機能を使用し、変動を表そうとしている(赤線)。  黒線は現時点のおおよその最小値だが、周期的に変動し最大赤線部分に達する。  ちなみに論理レベルでジッタ無しの場合(「file to file.gif」)はスペクトル、お  よびノイズは微動だにせず、したがって赤線で描かれるピークと最低値は一致する。 いくつか解析例を示す 1)他の項でもRoland社UA1-exを推奨しているが、そのアナログ入出力間にあるジッタ  成分を観測してみる。 参照)「ua1ex jitt.gif」「ua1ex nojit.gif」  両者の違いは、USBの接続ポートの違いで、マスターコントローラか、拡張されたス  レーブコントローラかの違いで、音にも明確な差がある。  UA1-exはSPDIFデジタル入出力を持つが、前者では接続先によってはロックアウトし  ないまでも明確に低品位で、CDライターなどに送り込んでも良好な結果は得られな  い。 2)MTR的録音の項でも紹介したZOOM社R16を、USBオーディオI/Fの出力デバイスとして  使用した場合の例。(受けはUA1-ex) 参照)「R16 to UA1_1.gif」「R16 to UA1_2.gif」  両者の違いは窓関数の違いで、前者はHanningで、後者は無し。  わずかにサンプリング周波数が食い違うために「FFTに最適化」した周波数もずれて  しまい、Hanningでは良好に見えるものが、無しの場合ではこのようになる。  R16に問題があるわけではなく、入力と出力のデバイスが異なると、普通このような  結果になる。  R16のジッタ特性は通常のレコーダーモードでも、I/Fモードでも相当に優秀で、I/F  モード時にFsをどんどん切り替えていっても、しっかり追随する。ところが、現在の  ドライバでは入出力デバイスとして認識できるのは、特定のDAWソフトアプリケーシ  ョンのみで、それ以外のソフトでは出力デバイスとしてしか使用できない。一刻も  早く汎用対応していただきたいものだ。  「MTR的録音」の項の後半で述べた方法では、このような問題とは無縁で作業できる。 3)某社の某USBオーディオI/F 参照)「sample A.gif」「sample B.gif」  いけません。こんな特性でも、某雑誌ではそれなりのヒアリング評価を得ていた。  一体どんな耳をしているのやら。ロックやポップスを入力してみると、それなりに  迫力はあるのだが、ロックアウト寸前なのに、ロックアウトはしない・・・。  おそらくハード的には同期を念頭においていない設計の回路を、ソフト的に無理やり  同期させるとこうなるのだろうか。これらジッタが有る場合、往々にしてスペクトル  脚部が上下に変動していることが多い。   ★FFTをジッタ測定に使用することは賛否両論あると思うが、なぜならある意味FFTは 敏感すぎて、ジッタ以外の要素によっても、輝線の乱れは容易に表れる。  しかしジッタによってもこの乱れは表れるし、オーバーオールにこの乱れは無い方が 高品位なのであり、未熟による読み違いがあったとしても方向としては誤ってはいない。 ★★見逃されがちな問題(追加2010_02_23)  「file to file.gif」のように見えても、実際には相当にジッタを含む場合がある。  再現されるジッタによる例外なのだが、測定系を組む場合、同じデバイスとして入  出力を置いた場合、特にデジタル(SPDIF接続)での入出力時に、上記の方法ではま  ったくジッタが観測できない場合がある。   これは入力デバイスと出力デバイスがハードウェア的に同期しているため、含ま  れるジッタは相殺されてしまうからだ。しかし異なるPC間での接続の場合は、それ  ぞれのデバイスがワードクロックで同期していても(非同期の場合は「R16 to UA1_1.  gif」「R16 to UA1_2.gif」のようなズレとして)ジッタが検出できる場合があるが、  どちらが真値なのか見逃さないように注意しなければならない。 ☆謝辞 efu氏作、WaveSpectra.exe、WaveGene.exe 附属の説明書を参考にしました。  謹んでお礼を申し上げます。(作者のefu氏は上記目的の使用に関しては、サポートも  推奨もしておりません。筆者の独自の判断ですので、質問やご指摘は筆者まで) ☆☆位相差と極性と時差  かつてアナログ録音時代には録音空間以外での時差を得ることは容易ではなく、様々 な特別な工夫(テープや磁気ドラムへの録音再生から、液面や固体表面波などの利用ま で)をしなければ実現できなかった。このため、一般的な電気回路伝送路ではいまだに 位相差と時差を区分せず、位相差に代表させる傾向が根強い。しかしこの根拠は、被 「測定信号に正弦波を用いる概念の弊害」とも言え、あげく現場では、位相差、極性、 時差が混然とカオス状態で用いられている。これらはすべて異なる概念であり、混同は 作品の品質を大きく左右する。  例えばレーテンシーの問題があるが、レーテンシーがあると何が問題なのか、(筆者は 近年レーテンシーという用語に切り替えたが、長らく「処理時間」で通してきた・・) どうすれば測定や補正が出来るのか、具体的な啓蒙や論証が制作世界には浸透していな い。  デジタル時代に至り事情は一変した。ほとんど全ての系で時差0の処理は存在しない からだ。油断しているとあってはならないところに時差が生じていたり、予想外の 結果(音)になったりする。audacityは幸いにも、その修正やシミュレーションに秀でた 設計になっている。 ★注釈:古くから物理学では正弦波を測定信号として用いてきたが、その理由は正弦波  が特別な性質を持った信号だからだ。時間構造を持たない、単一スペクトルの、波動  の成分を構成する最小単位としての、ある意味「純粋存在」であるからなのだが、この  時間構造を持たないという点が極めて特殊な状況であることを忘れてはならない。   しばしばヒアリングのリファレンスや、聴覚生理の調査にも用いられるが、時間構  造を持たないため、聴覚は正常に機能せず、定位感、距離感、拡がり感などの空間識  別能はおろか、音圧、音程についても、あるべき結果が得られないことがよくある。  よくよく調べてみると、聴覚はスピーカーの歪成分に反応していたり、測定系のレベ  ル調整に伴う時間歪や高調波歪を手がかりにしていたりする。正直なところ筆者は  「聴こえにくい信号」としている。   耳だけでなく、スピーカーなどの測定も日常的に行っていればすぐにわかることだ  が、特性の凹凸は細かく深いので、音圧感度特性など正弦波では測定が困難である。  また、時間構造を持たないことが原因で、上記のように移相、時差、極性がごっちゃ  に扱われてしまうのだ。(正弦波では見方(=連続した単一波長において)によっては  同義であるし、識別もできない)   正弦波の使用は確かに基本ではあるが、時間構造を持たないという極めて特殊な信  号であるので、利用には慎重であるべきだ。 ○何をきっかけに異常を見抜くか  基本はヒアリングで、さらに視覚表示を併用することが古くからの伝統だ。 「必要ハード」の項でも力説したが、モニタースピーカーは重要で、そこに求められる 性能とは「良い音」ではなく、音色やバランスの的確な表現力、正確な定位、過剰なほ どのノイズ確認力だが、これらの両立を行うと「聴きやすい音」から遠ざかる傾向があ る。「必要ハード」の項でも述べたが、PCベースになり、せっかくの強力なモニターが その能力を生かしきれない状況が続いていることは残念な限りだ。その理由は、上記 のようにジッタや時間軸精度の甘さから(モニターするには必ずI/Fを経由しなければ ならないが、そのこと自体が問題の原因になっていることも多い)、その聴いた音を もとにした判断の信憑性が怪しいのである。  もっとも良く使用されるモニターによる判断は、センターモノ(中央定位:L=R)の 正常度合いだ。「バランスとミキシングの嗜み」の項でも触れたが、旧来より、大型の ミキサー(SSLやNEVEなどの)のモニターセクションの最も手前にあるスイッチは、 モニター・モノ・モードのスイッチだ。  センター定位しているはずの成分が、このモノスイッチを押したときに動くことは 何らかの異常(左右のレベル差、位相差、時差、極性の)があることを示している。 そのような異常がある場合、よほど時間に余裕が無い場合をのぞき、直ちに原因究明 や確認を行うことが通例である。デジタルミキサー(スタジオ・PA用を問わず)で、この 問題がおおよそ正常になったのは、ここ数年のことだ。ときにワークステーションを名 乗る高価な機材や、CDライターなどでも、1サンプルから数サンプル以上のずれが左右 にあることなどさほど珍しいことではない。  例えば1サンプルのズレがある場合、11.025KHzで90度の位相差、22.05KHzで180度の 位相差になるので、モノに切り替えた際に明確にハイ落ちする(44.1kHzfs時)。  このような環境なので、次第にモニターが信頼を失い(本末転倒!!)、画面で仕事 を行う者が増えてしまったとする説がある。  大規模録音スタジオでは、モニターの手前、本線系にオッシロスコープが常設されて いることが多く(ミキサーによっては内蔵)、上記のような1サンプルずれているよう な例では、即座に診断が可能だ。その診断を元に製造者にレポートを出せばよいのに、 多くのスタジオでは(某潤沢な資金で有名な放送局)スコープの方に紙を貼って見えな くしてしまったという笑えない話も・・・。見放されて当然だろう! ○オッシロスコープで何を表示観測するのか  先にWaveSpectra.exe(WS)を例出したが、WSには高性能なリサージュ・スコープが 搭載されている。(名称の問題だが、情報処理系の方はリサジューと書き、通信・放送 分野ではリサージュと書く:Lissajous 、この作文ではリサージュを採用) 物理の教科書では、位相差、周波数差の表示と説明されるが、音楽制作分野では 1)左右の同一性(センターモノ度合) 2)極性 3)位相差 4)レベルおよびレベル差 5)左右の拡がり度合 6)間接的に時差 *総じて、左右の相関(対象性)を調べるのに使用。 *本来は直接波形を観測することはあまり無い。 などの表示観測に利用される。  定量的な測定ではなく、定性的な観測なので、その描かれた図形を普段から見て、 ある程度の熟練がなければ使いづらいが、慣れればパターン認識として機能するので、 高い戦力となる。  正しくはブラウン管によるアナログ・オッシロスコープ(2現象、20MHz程度)を推奨す る。ソフトウェアによるオッシロスコープ(とくにリサージュ)は問題のあることが 多いが、WSに搭載のリサージュ・スコープは傑出した性能で、十分な実用性が期待でき る(作者によれば、相当に工夫したらしい)。とくに分析位置 精細指定モードで 見ることのできる、スローモーションのリサージュは感動的ですらある。    ブラウン管オッシロスコープをリサージュ・スコープとして長年使用してきた往年の スタジオエンジニアにも、WSはお勧めできる。ソフトウェアによるリサージュの問題の 一つは取りこぼし(左右どちらかのみの)による不正なポイントの描画と、端折った 処理のための折れ線描画による不誠実さ(による読みにくさ)なのだが、WSではこのあ たりの描画の工夫が巧みだ。  またブラウン管では焼きつきを気にする必要があるが(縦横を一マスずつローテーシ ョンしていったり)、LCDではその心配もないし、ローコストで可搬性に優れる。 筆者もパナソニック製M-34、PEN3、400MHz、192MB(933MHz 768MBモデルもあるが)を 専用機としてセットアップ、現在も現場で活躍中だ。ローパワーだが、安定し堅牢で、 とくに自然空冷なので無音なことがありがたい。  しかしUA1-exなどのデジタル入力つき外部デバイスは必携だ。 ○WSのリサージュに関わる設定 「ウィンドノイズの低減」の項の「WS基本設定」参照  1)WaveSpectra.exeを起動し  2)画面右上の工具マークのスイッチをクリックすると、設定画面が開く。  3)最初に4ページ目「再生/録音」のデバイス設定を確認しよう。   audacityとPC内部接続する場合は「MME」を設定。入力されない場合は   後述のトラブルシューティングを参照。  4)「表示間隔」を確認。「タイマー」を設定。  *とくにaudacityなどと併用する場合、「表示間隔」は30ms以上を推奨。   クロックの低いハードの場合は50ms以上を推奨。  *録音しない場合は「サウンドデバイスからの入力のみ」にチェック、  5)1ページ目「WAVE」を開き、「別ウィンドウ」にチェック、   レベルメーターを「表示する」にチェック  6)「縦軸の倍率」をX1にセット・・・設定窓表示色が反転している状態なら   マウスホイールまたは同扱いのデバイスで、連続可変できる。  *リサージュは「縦軸の倍率」でXY軸が連動。 ○実際のリサージュ描画例  ☆最も基本的な「モノ」信号、すなわちL=R、センター定位   sine 1kHz -3dB mono.gif :正弦波、1KHz、-3dB   mono pnoise.gif     :ピンクノイズ   music mono.gif      :市販の音楽信号では多少のふくらみがあるが、実質                モノ状態、アナログミキサーでの作業ではこの程度の                ふくらみがでるが、PANの精度にばらつきがあるため。                 デジタルミキサー環境で制作されたものでは、よく揃                う。  ☆モノ信号なのだが、左右の間に時差がある場合(48000KHzfsとして)   sine 1KHz -3dB 1Wdif.gif :正弦波、1KHz、-3dB、左右で1サンプルのズレが                 ある場合。(20.8マイクロ秒の時差)                 センター定位の確認では識別可能。   sine 1KHz -3dB 2Wdif.gif :同上だが、左右の時差が2サンプルのズレの場合。   sine 1KHz -3dB 12Wdif.gif :同上だが、左右の時差が12サンプルの場合。   旧来これらは位相差で表され、それぞれ7.5度、15度、90度、の位相差と説明され   ることが多い。実際、正弦波の場合、それが時差なのか位相差なのかの識別はでき   ない。しかし、周波数が異なると同じ遅れ時間でも、位相の回転角は異なるので、   位相差なのか時差なのかの判断が可能となる。2KHzの場合12サンプルでは180度   ズレになる。論理上の正弦波は位相で語りやすい特異な性質を持つ信号なのだ。    ☆同じ1サンプルズレでも、ソースにより含まれるスペクトラムが異なることで、   リサージュも大きく異なる。高域を多く含むほど大きく影響される。   mono pnoise 1w dif.gif  :ピンクノイズ、左右で1サンプルの時差   mono wnoise 1w dif.gif  :ホワイトノイズ、左右で1サンプルの時差  ☆24サンプルズレでの、ソースによる違い   sine 1KHz -3dB 24Wdif.gif :正弦波24サンプルの時差。位相差180度、極性反転、                 どれも正しく、また原因を表していない。                 ときに逆相とも呼ぶが、位相は回転するものだろう。                 逆極とか逆性なら納得できるが・・。(正弦波の話)                 もし逆極性で、それを直したいなら「上下の反転」。                 上下かぁ。   wnoise 24Wdif.gif     :・・・・。聴いてみよう!   com f 24w dif.gif     :同じソースが時差のある複数系を通過し、再び混合                 されると、このような伝達特性(コム・フィルター)                 になってしまうが、これはエフェクターのフランジ                 ャーのうねりが止まった状態と同じ。                 レーテンシーの本当の怖さはこんなところにもある。  ★位相差はフィルター処理(イコライゼーション)に必ずつきまとう(位相差を利用  してフィルターを作るとも)ものだが、連動すべきチャンネル(ステレオL/R)など  で、処理が等しく行えていないと、リサージュでは同様にセンターモノが甘くなる。  (もちろんヒアリングでも)実際の音楽のリサージュは刻々と変化し、場所により  ステレオ/モノをたくみに使い分けている。例出した図のようにおとなしくはない。  常日頃から、ヒアリングと対象する習慣を身に付けるとよいだろう。 *audacity(ver,1.3.x系)に標準装備されているイコライゼーションは位相差を伴わな  い、旧来からのスタジオ人には馴染みの無いものだ。「新イコライゼーション」の項を  参照し、使いこなしにつとめられたい。  ☆録音の方式による相違   mult ste.gif  :マルチ録音は、原則として個々のソースがモノで、PANによって            定位が決められ、拡がりのつじつま合わせとしてリバーブが付            加される。したがってリサージュもセンター成分とその他が            明確に識別できることが多く、熟練するとミックスの手法まで            リサージュで見破ることが出来る。   p ste.gif    :ペアマイクステレオでは、マルチ録音に比べ、時差位相差成分            が多く、線の一つ一つが細かくカールする傾向があり、響きと            一体になった場所ではマリモ状態に見える。            マルチ録音では線の一つ一つが斜め45度、垂直、水平の軌跡を            描くことが多く、識別は容易。  ★それほどまでにセンター成分は重要か   ポップスしようと思っているなら、まさに「センターモノ命」と思ってください。   左右で時差があろうものなら、即刻コムフィルターが待っています。 ○トラブルシューティング  +PC内部接続で表示を行いたい(audacityなどの出力を)が、設定をMMEにしても   入力されない。  △4ページの録音デバイスの右のVolume Ctrlボタンをクリックし、「WAVE出力MIX」   のスライダーにチェックマークが入っているか確認。無ければチェック。  △「WAVE出力MIX」が無い場合、ミキサー画面の左上の「オプション」→「プロパティ」   「表示するコントロール」の「WAVE出力MIX」にチェック。無い場合・・・。  +audacityは規定レベル以下(クリップしていない)なのに、WSのレベル表示やリサー   ジュのレベルが異常に大きい。  △上記の「WAVE出力MIX」のスライダーを、絞りきりから1クリック(1目盛りではない)   だけ上げた状態にする。2クリックでは大きすぎる。ユニティーは1クリックと2ク   リックの間にあるようだ。どうしてもピッタリ合わせたい場合は、ミキサーの   スライダーを2クリックにセットし、audacityのメイン出力スライダーを0.8にセッ   トするとおおよそユニティーにできる。しかし内部ミキサーの都合か、完全なクリ   ップの一致はできないようだ。困ったものだ!  +上記のようにおおよその「ユニティー」にしたが、FFTのノイズフロアやレベルメー   タ表示が異様に悪い(FFTによるノイズフロア=-100dB前後、レベルメーターによる   無音時レベル表示(=ノイズレベル)=-50dB前後で、しかも左右でばらつく)が、   何とかならないか。  △何ともならない。オンボードのデバイスはその程度のことが多い。さらにマイクロ   ホン入力では帯域(上限)8kHzのことも。    実際にオンボード上で入出力の特性を計測し、帯域やノイズレベル程度は把握   するべきだろう。数値的にはカセットテープ以下と言えよう。深刻さがわかったな   ら、できることはただ一つ。マシなオーディオインターフェースを、デバイスとし   て増設する以外に方法はない。  △多くのPCで使用される「MME」ドライバは柔軟で、WSやWGで表示できる「使用可能な   フォーマット」でも、平然と「サンプリング周波数=192KHz」に対応するが、実測   して見なければ実際の通過帯域(サンプリング周波数)は不明だ。    ちなみに筆者愛用ノートPCでは、実測で帯域24KHzなので、おそらく実サンプリン   グ周波数=48kHzであると推定できる。(一般的にfs=48kHzのことは多いようだが、   fs=32kHz以下のものも、筆者は目にしたことはある)  +ひきつる  △CPUの処理能力をオーバーしている、あるいは画像チップの処理能力をオーバーし   ていることが考えられる。   WSはローパワーなマシンでも軽快に動作する優れたソフトだが、設定によっては   現在のハイパワーマシンでも簡単に処理能力オーバーする可能性がある。   その設定とは「表示間隔」の時間設定窓で、0msに設定でもしようものなら、どんな   高速のマシンでもシングルコアならCPUパワーを使いきってしまう。ベンチマーク   テストに使用できるほどだ。WS上枠にある「fps」表示がそれだ。詳しくはWS附属   の説明書を参照。  △もう一つは、不要に表示画面を大型化していると同様にパワーを消費してしまう。   詳しくはWS附属説明書を参照してほしいが、同じ表示サイズでも描画方法によって   消費するパワーが大きく異なることがある。   描画方法設定は、   1ページ目の下と2ページ目の下にある「描画方法」で、マシンのチップ構成(とく   にV-ramと画像チップ)により、最適設定が異なる。   おおよその見極め方は、   WS単独で起動し、   適当なwavファイルを読み込み   「表示間隔」を0msに設定し   再生し、   メイン画面上枠右にある「fps」の数値が最も大きくなるように、「描画方法」を   切り替え、最適化する。   *「fps」は毎秒あたりの解析表示回数で、いまどきのPCでは999を超えるだろう。   999を超えると、Axxxのように表示。附属説明書のヒント集を参照。   最適化ができたら、30ms程度に戻すことを忘れずに。   (この最適化について、附属の説明書に詳細があるので、必ず一読することを推奨) ☆レーテンシー  この件で、別の目的のために作成したテキストと図があるので、その全文 「latency all.txt」を添付する。