信号源として使用してみる その2                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010 ☆ノイズ  電子音楽では正弦波や各種関数波形とともに、ノイズ源が用いられる。 一般的に知られているノイズは全帯域平坦(log)のホワイトノイズ、ピンクノイズをは じめとして、帯域内に偏りのあるカラーノイズ、特定帯域のみのバンドノイズなどが ある。  アナログ時代には、その発生メカニズムとして、半導体のPN接合に起因するノイズ (ツェナー・ダイオードのツェナー電圧付近や、トランジスタのベース・エミッタ間に 逆電圧を印加する方法などが、しばしば用いられた。説明によく用いられるFMラジオや テレビの局間ノイズは意外と使用されないが、作家によってはそこに根拠を求め使用を 要求される場合もあったようだ。これら半導体は本来ノイズを発生する目的では作られ ていないため、使用する部品や回路により相当個性があり、昨日出ていた素敵に感じら れたノイズが今日はつまらなく感じられるといった(実際に変化することで)現象に、 相当悩まされたようだ。  実際のカラードノイズやバンドノイズはホワイトノイズにフィルター処理することで作 成される。ところが当時のフィルター技術は未熟で・・・イコライゼーション項で後述  正弦波がエッセンスの象徴であることに等しく、ノイズもまた重要な純粋アイテムであ った。これはホワイトノイズやインパルスがフーリエ関数において「全てのスペクトラム を含む」と説明されるからであり、エントロピー論においては無秩序性が増大し行き着い た極限であり、唯一何の音程も持たず、まさにシェーンベルクの12音技法を無限に増大さ せたかのような妄想すらもたらせる究極の存在であったからだ。後に(電子音楽後期) ノイズを効果的に発生できる回路的アルゴリズムや、デジタル的に関数として発生できる ようになるが、この魅力的な素材は多くの作家を魅了した。 ノイズには論理的に繰り返しは存在しない(永遠に乱数であり続ける)が、この繰り返し が存在しないことに着目するするスタイルと、一定期間のノイズを録音(記録)し「種 (seed)」として繰り返し使用する手法があるが、両者は哲学的意味が全く異なり、現在 の制作システムにおいても注意を要する。参考までに現在の論理発生させたホワイトノイ ズは、アルゴリズムにもよるが、この非繰り返し性に対しては弱いという意見もある。 現在容易に入手できるノイズ  audacity (ver,1.3.x)には次のようなノイズ関数が用意されている。  操作は「製作」プルダウンメニューから「ノイズ」を選ぶ。 ○ホワイトノイズ  ホワイトノイズの関数としての明確な定義がどのようになっているのか、筆者は明確  に認識していないが(不勉強のせい)、スペクトラムが全帯域(log)において平坦分  布した、非繰り返し信号で、聴覚的には「シャー」と聴こえる、というだけでは不十  分なようだ。この定義を満たすノイズでもaudacity搭載のホワイトノイズでは振幅の  一定化がなされている。   同じ「ホワイトノイズ」でもWaveGene.exeで作成できるものでは、振幅一定化がされ  ていない。デジタル伝送系において振幅の一定化は、より高いエネルギーを伝送でき、  その「音色」に着目する場合には、より高いS/N比が実現できる。振幅についてもラン  ダムな必要がある場合はWaveGene.exeなどを用いた方がよさそうである。   WaveGene.exeには同じ「ホワイト」でも「M系列ノイズ」が搭載されている。このノ  イズは1bitパルスに時間軸変調のみで作成されたノイズで、常に最大振幅となることか  ら、最もエネルギー密度の高いデジタル伝送ができる。そのパワーは暴力的ですらあり、  取り扱いには注意を要する。 ○ピンクノイズ  スペクトラムの分布が1オクターブ上がるに従いレベルが-3dBずつ下がる、または周波  数が10倍上がるごとに-10dB下がるノイズとされる。しかしこの「ピンク」に関して、  分野によって様々な解釈があるようで、この右肩下がりという点ではどれも一致する  ものの傾斜に関しては必ずしもこのとおりではないようだ。   聴覚的にはホワイトノイズが「シャー」であるのに対して、ピンクノイズは「ザー」  という濁音な表現になる。   audacityにおいてはホワイトノイズが振幅一定化された「加工原料用」で、ピンク  ノイズが振幅ランダム性を備えた「乱数化のseed用」として用意されているようだ。 ○ブラウンノイズ  微小物体(分子などの)に見られるブラウン運動(ある種のゆらぎ)に根拠を求めた  ノイズ。  自然界に普遍的に存在するとされることから、人間の感覚にも馴染みがよいとされる。   **ホワイトノイズの項で「振幅一定化」について触れたが、無論本来は一定化されて   いないものが「正しい」。しかし実際の使用においてはこの一定でないことから、   実質的エネルギーが、同一伝送系での正弦波や関数波形に比べ大幅に下がってしま   う。この問題を軽減するために、平坦スペクトル分布を保ったまま等振幅になるよ   うに数学的変形したノイズもある。さらにZ変換手法を用いると1ビット伝送系にも   同様の変形が可能で、そうして作成したノイズがM系列ノイズである。 *注意 振幅一定なのは、そのノイズが無加工の間だけであり、フィルター(イコライ   ゼーション)などを施すと(+設定の無い単なる帯域制限であっても)元の振幅を   上回りクリップすることがあるので、とくにM系列ノイズでは注意する必要がある。   もちろん、加工すると振幅一定ではなくなる。 参照)ステレオトラックを新規作成し、そこにノイズを作製すると、L/Rの相関の無い   「ステレオ」ノイズが作成される。 ☆ その他のノイズ(1)   その他のノイズは、かつての電子音楽スタジオにおいても、audacityにおいても使   用者が作成しなければならない。    一般的には元になるホワイトノイズやピンクノイズ(ブラウンノイズも含む)に   イコライゼーション(フィルター)を施し、ノイズ分布を制御することが基本とな   る。   もちろん原料として使用するノイズによって、同じフィルターを施しても結果とし   ての音は異なるし、原料を毎回新たに作成するか、同じノイズのクローンを繰り返   し使用するか、でも異なる結果となる。この問題を逆手に取ると、立体視の画像作   成にドットノイズを使用する手法があるが、音楽においても同様のこと(ステレオ   化)が実現できる。    幸いなことにaudacity のイコライゼーションはFFTベースの大変強力な、しかも   数値入力が可能なフィルターなので、当時の電子音楽で実現したくてもできなかっ   たことが、容易にできる。 ☆ その他のノイズ(2)   audacityには様々な機能があるが、その一つにマウスによるハンド・ドロー(波形   の直接書き込みがある。1サンプル単位なのでそれなりに努力の必要があるが、手   書きでノイズのseedを作成することができる。 ☆ その他のノイズ(3)   audacity 、WaveGene.exeともに独自の書式であるが、テキストデータを読み込み   波形出力する機能がある。30歳代以上で電子音楽制作に興味がある方なら、8ビッ   トパソコンなどに附属のBASIC言語に親しんだことのある方も多いと思うが、この   テキストデータ読み込みの機能とは、他のプログラムや計測装置が出力したデータ   列を読み込むことができると言う意味なので、独自の計算式やseedを用いて作成し   たデータ列をテキストレベルで転送、音として出力あるいは加工したり、地震波や   脳波、一日の温度や明るさ、天体の運行からGPSログなどを根拠とした音作りが可   能となる。    電子音楽や現代アートでは、意味の有無はともかく、このような根拠を採用する   ことが多く、ときにユニークでおもしろいサウンドが生まれることもあるが、その   技法にaudacityは対応している。  注)筆者はこの機能について十分に検証、熟練をしていないため、正しい書式につい   て正確な情報を持っていないが、WaveGene.exe ver,1.40については詳細なHelpが   附属し、書式も説明されている。筆者はこのような用途にはWaveGene.exe ver,1.40   を使用し、audacityで読み込みの必要があるときにはWaveGene.exeからファイル出   力し、そのファイルをaudacityで読み込んでいる。ちなみに筆者は低速現象のロギ   ングにはTs Digital Multi Meter Viewer  T.Shimazaki氏作を用いている。