オシレータや各種の信号発生器として使用してみる。(その1)                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010  簡単な解説  かつて、オシレーターやファンクションジェネレータで発生することのできる正弦波 や各種の関数波は、現在でもデジタル化され多くの現場で測定や研究に用いられている。 ポピュラー音楽で、これらの音を楽音として使用することは少ないが、電子音楽(狭義 の、、カールハインツ・シュトックハウゼンの提唱する)において、素材とはこれらの 波(関数)がほとんどすべてである。  西洋文明にはエッセンス(本来は錬金術語)という思想概念があり、音楽においても その本質は変わりなく、その美の探究においてメロディー、ハーモニー、リズムもまた 本質はそのエッセンスにあり、現実の音楽では不純物にまみれているが、純化するとこ のエッセンスに辿り着くと考えられている。音楽の理論において、記譜される情報とは この純化されたエッセンスについてのものであり、実際の演奏とは、現実の楽器の操作 や発声に翻訳することである。  したがって真のイマジネーションとは、この純化された(現実には存在しない)概念 の上にのみ存在するという、東洋人的には「なんだそれ?」なものなのである。  かつて哲学や美学の上での単なる概念であったものが、第二次世界大戦前後からの電 気、通信技術の発達によって、現実味をおびてきたのであるが、ドイツ、ケルンにおい てはカールハインツ・シュトックハウゼンにより電子音楽として、フランス、パリにお いてはピエール・シェフェールによりミュージックコンクレートとしてフォームが形作 られたとされる。この両者の本質的相違は素材として前者は電子音を、後者は録音した 現実音を行き着くべき極限としたことで、両者に共通することは、ともにテープという パレット上に(ダイレクトカットのディスクも含む)構築するという点である。  日本においてはNHKにあった電子音楽スタジオと草月会館を拠点とした活動が、70年の 万国博覧会ころをピークに展開されたとされる。    当時の技術背景はまさに「アナログ・テクノロジー」の極みであり、しかもそれらを 利用できるのは選ばれたごく一部の作家に限られ、しかも機材の操作一切は施設の関係 者に限定されるというものであった。  そもそも「純化」=エッセンスへの道の一つとして、演奏者の解釈や介入を排除する、 という考えがあったのだが、現実には演奏者が行う以上の解釈や介入を経なければ、制 作の実行ができない、という困った存在だったようである。  筆者はこの真っ只中で活躍した人物たちを師匠とし、彼らの考える次世代として教育 されたようだが、この上記の思想を全肯定するわけではない。このような思想が出現し た背景には、それまでの音楽が迎えてしまった必然の行き詰まりを打開しなければなら なかった、ということがあり、今日の技術水準(デジタル導入による)から考えると、 当時は時期尚早であったとも考えられる。もはや一過的な古典という評価すら受けかね ないが、このステップはそれ以降の音楽に変質しながらも受け継がれていき、絶大な影 響を及ぼしたことは否定できないし、何よりこれらの音楽が、制作者や人々に与えた夢 や希望は、果たした業績としてきわめて大きいと思う。そしてまたこれらの技術は、あ いかわらず今日の若者たちにも希望と思考を与えることができると信じる。    上記の「簡単な解説」論説をさらに要約し、当時の技術水準と照らし合わせ、当時の 問題点や今日ではどのように進化あるいは改善されたか考察してみたい。 ☆素材・音源  当時の技術は真空管やトランジスタを用いた、オシレータによる正弦波、ファンクシ ョン・ジェネレータによる関数波形、ノイズジェネレータによる関数波形、ノイズジェ ネレータによるノイズなどが主要なものである。オシレータとファンクションジェネレ ータは、意味的に機能的に明確に区分して取り扱われていた。正弦波は増幅回路の帰還 ループ内に共鳴回路を持つオシレータによってのみ発生させることができ、当時のファン クションジェネレータで得られる擬似正弦波とは能力的にも聴覚的にも区分する必要が あったのである。試みとして、フーリエ合成は行われていたが、精度的物量的に、当時 の技術水準の限界を超えていたようで、ハモンド・オルガン程度の合成と大差なかった ようである。なぜなら倍音合成には各倍音が高精度に同期する必要があり、メカニカル なバリコンの連動と、アナログ同期技術には限度があったのだ。 ○ 周波数精度:有効数3桁程度、それ以上の精度は周波数カウンターで読み取り手         動で修正。またはファンクションジェネレーターとのリサージュで         修正。         ファンクションジェネレーターでは早期にデジタル制御が導入されて         いるので、有効数は6〜8桁程度。   周波数範囲:10Hz〜1MHz程度。   振幅精度 :0.1dB程度。振幅はミキサーやアッテネータ(測定器用減衰器)を外         付け使用するので、その場合はdBで4桁程度。   安定度  :ファンクションジェネレータの輸入品(当時の)では水晶発振子を         使用したものがあったようだが、一般的にはオシレータもファンクシ         ョンジェネレータも温度、電圧の変動により、オーバーオールでは         1000ppmあれば優秀とされた。   歪み率  :当時放送局で標準的に使用されていたオシレータでは全高調波歪みで         0.05%程度であったが、電子音楽スタジオで使用されていた機器の多く         は手作りや改造品が多かったので、歪みに着目した改造を施された         ものでは0.001%程度あったかもしれない。          当時のファンクションジェネレータの擬似正弦波では0.1%程度だっ         たのではなかろうか。それよりも実務上問題だったのは、オシレータ         では、多少歪み率が悪かろうと、基本波以外の成分は基本波の整数倍         であり「音楽的」で、聴覚的には障害になりにくいが、ファンクショ         ンジェネレータに含まれる高調波歪みは非整数倍を含んでいたり、極         端に高いところに減衰不能な状態で含まれていたりするため、「音楽         的意味」が変化してしまうことが嫌われる原因だったようだ。          テープへの録音が前提であったため、テープ録音で使用される高周         波バイアスとの干渉が突然現われるなど、苦労が絶えなかったようだ。          現在のデジタルオーディオではフィルター技術やアンチエリアスなど         の技術が当たり前のように使用されているが、急峻なフィルターなど         当時の技術では実現不能であった。 ☆現在(audacity)で実現可能なスペック 作成操作は「製作」プルダウンメニューから「トーン」を選択   周波数精度:有効数 全桁で6桁有効 6桁以上の入力を行うと末桁を四捨五入         WaveGene.exeなどを使用すると有効数10桁以上。         現在のプログラム技術で作成される発振波形は計算によって作成され         その意味ではオシレータでもファンクションジェネレータでもない。         論理数列発生ルーチンである。         入力はaudacityにおいては数値入力。   周波数範囲:論理数列なので原理的には0Hz〜無限大であるが、リアルタイム、ある         いは発音可能な範囲はサンプリング周波数の1/2に制限される。               ファイル作成としてはaudacityのサンプリング周波数設定が無制限な         ので、発振周波数も無制限なのだろう。   振幅精度 :audacity の操作パネルでは最大値を1とし、小数点以下6桁リニア。         audacity には強力な増幅/減衰コマンド(dB入力)があるため、発振         (作成)時には細かな設定は不要であろう。     安定度  :全ては論理数列の論理計算なので事実上論じること自体無意味かもし         れない。しかし現実には論理作成したデータ列をD/A変換し出力したり         取り込みA/D変換するため、その作業が入ると安定度、精度とも一気に         現実世界の数値となる。具体的には作業に使用しているコンピュータ         のタイム関数が持っている精度、元をたどればクロック精度+タスク         によるウエイトということになる。平均的には数百ppmといったとこ         ろだろうか。          純粋性を論理値に保つためにはFile to Fileの作業に努める必要が         ある。純粋性を可能な限り論理値に保つには、単純かつ高精度のクロ         ックに正しく同期した高精度(可能なら32bit)の再生装置を使用し、         file入力かジッタレスのためのバッファを用いた入力で、再生を行う。   歪み率  :ビット深度に依存。         16bit実測でTHD=0.00009% +N=0.00150 at 999.023Hz -0.1dB 24bit実測でTHD=0.00000%以下 +N=0.00001% at 同上         32bit/32bit浮動小数点 測定限界以下         *fs=48KHz / audacityの制作コマンドで作成した信号ファイルを、         *測定はWavwSpectra.exe : FFT efu氏作 Hanning窓16384point         *測定周波数が999.023Hzなのは、FFT 16384pに最適化し精度を正確化          するため。                  *ただし現実のD/A変換を行うと、上記の理由でTHD=0.001%程度になる。 チャープ波(Sweeped sine wave)    作成操作は「製作」プルダウンメニューから「チャープ」を選択   いわゆるスイープ信号。一般的には正弦波の発振周波数に鋸歯状波(         ノコギリ波)の周波数変調を施したもの。所定の周波数帯域をスキャン         ニングすることに用いる。元は伝送系の周波数-レベル応答特性を調べ         るための測定用の信号であるが、「聴いても楽しい」ので音楽用途でも         しばしば用いられる。         一般的にはスキャン開始周波数と開始レベル、終了周波数と終了レベル         スキャンに要する時間をそれぞれ入力する。audacity では1スキャンだ         け作成し、繰り返しが必要な場合は、繰り返しコマンド(リピート)で         必要回数を得る。また時間あたり一定Hzでの周波数上昇か、一定オクタ         ーブの上昇かも指定できる。音楽的には時間当たり一定オクターブなの         であるが、FFTを用いた測定では、FFTのレスポンスが等周波数間隔なの         で、時間あたり等周波数上昇を用いる。         audacityが工学系で用いられることは、このチャープ波の充実からも         伺える。        参考)実際にチャープ波を発生させることは意外と難しく、適当にプログ         ラムしたのでは、不要なスペクトルが発生したり、歪み率が悪化したり         する。        参考2)スィープ信号を得るには上記のWaveGene.exeの方がはるかに高機         能で、かつ高精度。餅は餅屋だ。 DTMFトーン   DTMFとはプッシュホン電話の「ピッポッパッ」音である   作成操作は「製作」プルダウンメニューから「DTMF」を選択         DTMF信号は相互に無干渉の周波数8波の組み合わせによる伝送形式で、         雑音や歪みに妨害されにくい特徴がある。数字以外にアルファベットも         組み合わせ割付がある。audacityには発生機能はあるが受信機能は無い         ようである。受信機能とラベル機能を組み合わせると大変面白い使い方         ができそうなのに残念である。audacityのコンセプトから察すると、そ         の機能は使用者が作らなければならないのだろうか。