リバーブとは何か <「バランス・ミキシングの心得」の項を参照>  リバーバはほとんど全ての音楽分野で、ほぼ例外なく使用される、それでいて何者 なのか正体不明のエフェクト(と言えるか?)である。  リバーブとは本来リバーブレーション(:響き、反射、反響)を表す語から短縮さ れた語で、電気的に付加されたものと定義している書籍もある。  スタジオでの作業は、リバーブレーターという装置や、相当するプラグインを用い 素材音(被効果音)に並列処理の形で「付加」して用いる。したがって直接音(素材音) そのものは不変なので、リバーブの深さによる距離の調整(空間でのポジショニング) は、真の意味ではできない。  リバーブそのものの意味は「空間情報」であり、本来は「その空間」で収音すること の代用と言える。  我々の存在している場所には必ず反射面(最低でも地面)があり、音はそのような 反射面で「反射(reflection)」を起こし、直接音との間に時差を生じることから、音 の重複やフィルタリング(コムフィルタWS comb 1ms.jpg参照など)現象が現れる。一 般的には、複数の反射面があることから、複数回の重複や複雑なフィルタが形成され る。 (インパルス音源を使用した解析を行うと、音源を持っている人の頭や肩さえも「像」 として現れておもしろい・・つまり、聴こえていると言うことか) つまり我々が音を発したり聴いたりしているところには、そこが「空間」である以上 必ず反射面があり、これが無いとなぜなのか、「具合が悪い」とされる。どれほどの 具合の悪さかと言えば、かの古典的電子音楽においてさえも、そこに明確な指示や 必然が無いにもかかわらず、「和え物」のように使用される。カラオケに至っては言う に及ばず、ひどいものでは効果音ライブラリの素材でさえ、「処理済み」だったりする。  いくつか既知の事実を列記しよう。 1)特別な場合をのぞき、一度処理済みになったソースから、リバーブ成分を取り除く  ことはできない。 2)空間そのもには、その音は存在しない。 3)情報伝送として考えれば、情報損失以外の何物でもない。 4)損失しているはずなのに、適切なリバーブ付加では、情報量は増大する。 5)故意にリバーブを削除すると、非常に不自然な聴こえ方になり、マルチ録音の  場合は、バランスさせることの難易度が上がる。 6)スタジオなどでの作業で、現実にはそのような意味は省みられることは少なく、  一種の響きという「記号」として扱われる。 7)そもそもエコールーム(響きの良い空き部屋に、スピーカーとマイクロホンを  セットした、リバーブレーターの一種)を最初に備えた分野は、映画の整音作業  においてであり、その後放送分野、次いで音楽産業の順だが、もちろん映画におい  てはリアリズムの探求にその根拠がある。 ○リバーブが無ければマルチ録音は成立しない。  本来、マルチ録音の基本は、映画における「アフレコ」に、その根源を求めること ができる。  マルチ録音の概念は、それぞれの素材を空間情報なしに収音し、空間情報は収音と は独立して用意することにより、シーンに応じた音作りを、同じアフレコ・スタジオ に居ながらにして獲得することを、目的としている。  ここで問題が生じる。1)の問題だ。収音時にすでに空間情報が付いていると、そ れを効率よく減じることは困難なのである。後から空間情報を付加し。効果を上げる ためには、収音時の空間情報が邪魔になるのだ。マルチ録音を学び始めた者たちが 抱く疑問に、その収音時にステレオで録音しておけば、より豊かな情報が得られるの ではないか、ということを考えるが(筆者もそのように考え、実際に挑戦し続けてい るが)、「ステレオ」も空間情報であり、リバーブを付加するにはいささかなじみが 悪いことが多い。筆者の場合は後からリバーブを付加しなくても良いように、アレン ジの段階から精密にプランニングしている。思いつきでそのようなことをしようもの なら、結局はその素材を、モノ扱いにせざるを得なくなる。 旧来は、以下に示すような構成で、リバーブ付加していた。  ポストフェーダー送り Lch buss    チャンネルフェーダー               PAN   Rch buss ┌─┐ ┌─┐ ┃ ┃ │ │ │ │Lch ┃ ┃ │ │ │ ├───┨ ┃ ─────┤ ├┬─────────────────┤ │Rch ┃ ┃ │ ││ │ ├───╂──┨ │ ││ AUXまたはFX  │ │ ┃ ┃ └─┘│ ┌─┐ └─┘ ┃ ┃ │ │ │AUX buss ┃ ┃ │ │ │ ┃ ┃ ┃ └─┤ ├─┨ ┌──────────┐ ┃ ┃ │ │ ┃ │ リバーブ装置 │Lch ┃ ┃ │ │ ┃ │ ├───┨ ┃ └─┘ ┠──┤ │Rch ┃ ┃ ┃ │ ├───╂──┨ │ │ ┃ ┃ └──────────┘ ┃ ┃   プリフェーダー送り Lch buss    チャンネルフェーダー               PAN   Rch buss ┌─┐ ┌─┐ ┃ ┃ │ │ │ │Lch ┃ ┃ │ │ │ ├───┨ ┃ ───┬─┤ ├──────────────────┤ │Rch ┃ ┃ │ │ │ │ ├───╂──┨ │ │ │ AUXまたはFX │ │ ┃ ┃ │ └─┘ ┌─┐ └─┘ ┃ ┃ │ │ │ AUX buss ┃ ┃ │ │ │ ┃ ┃ ┃ └──────┤ ├─┨ ┌──────────┐ ┃ ┃ │ │ ┃ │ リバーブ装置 │Lch ┃ ┃ │ │ ┃ │ ├───┨ ┃ └─┘ ┠──┤ │Rch ┃ ┃ ┃ │ ├───╂──┨     │ │ ┃ ┃ └──────────┘ ┃ ┃ *このダイアグラムは、チャンネル一本分であるが、実際にはチャンネル数分だけ ある。またリバーブは1系統分。AUX bussでリバーブ送り用のミックスをし、リバーブ 装置に送り出される。 _______________________________________  audacityではこのような並列系処理を行うことはできない。なぜならAUX送りの回線 が用意されていないからだ。このような場合は、一旦「リバーブ送り用のミックス」を 作成し、その信号をプラグインで処理するか、アウトボードで処理するか、現実空間 で、スピーカーとマイクロホンを用いて処理し、その処理済信号をミックス前トラック と並べて、ミックスを行う。 _______________________________________  要は本線系の「チャンネルフェーダー」→「PAN」→「メインバス」という流れに、 並列の形で、リバーブ処理された信号を合流させている。  リバーブ装置の多くには、スルー信号のパラメータがあるが、このような結線では、 必ずそのスルー信号(ダイレクト信号)をカットしなければ、位相差や時差のある信号 が重複し、大きく音色を損ねることになる。  現実の空間における距離による直接音の変化は、このシステムでは実現されない。 マイクアレンジの状態が支配的なのである。  ここで一旦実務的解説を中断し、主題に戻りたい。 そもそも3)と4)の事象は一見矛盾している。このような矛盾が生じる原因は 一つしか考えられない。人間が何を頼りに音を知覚しているのか、ということについ て、未解明の部分が多いと言える。(ちなみに、人は何を頼りに音楽を聴いているの か、という問題にいたっては、口にすることもはばかられるのが現実だ)  物理学的には、リバーブは時間軸上の滲み(にじみ)という損失としてとらえられ るが、人間の知覚はその滲みを利用し、逆に劣化する以前よりもさらに「前」の情報を 取得しているという仮説が、先の既知の事実によって成立する 。  実際にマルチ録音で、リバーブ無しで「あるべきミックス」にすることは、非常に 困難で、また、どのように音作りを工夫してもパート分の厚みが出ないことでも、先 の仮説は裏付けられる。またこの聴こえに関わる問題だが、リバーブ装置からの響き をモノで返し、ミックスするか、ステレオで返すかで効果が大きく異なる。  一つの音が、時差のある複数ルートで伝わり、合流するとコム・フィルターが生じる ことは「レーテンシー」の項などで示したが、現実の空間で、ステレオで聴き取るとき に、センター成分は必ず「コムフィルター」が生じていることになる。なぜなら、人 間の耳は顔の真ん中にはついていないからだ。それなのに、普通にステレオ再生してい るときにコムフィルター音は聴こえない。レーテンシーなどの時差で、時差のある重複 音では、すぐにコムフィルターが認知される。実際の空間やリバーブ処理においても、 両耳で聴く限り、「天然由来」のものにはコムフィルターが聴こえない。両耳なら聴 こえないものが、片耳なら明瞭に聴こえる。  ここにヒントがある。・・中略・・音の知覚支援情報として利用しているのだ!! そうでなければ、そもそも「ステレオ」など成立しない。  従来、我々は少なくとも実務として、リバーブを響きとして漠然と扱う傾向があるが、 筆者はこの認識を改め、実務としても「知覚支援情報」として扱うよう提言したい。 何が変るかは明らかで、意味不明な響きで「演奏の不具合」やバランスの悪さを隠蔽 することに対して「NO」と言えるようになるし、より支援効果の高いパラメータの組 み合わせが、正当に評価されるようになる。この変化は音楽のより豊かな情報量に貢 献し、低迷するプライオリティーに歯止めを掛けることに、貢献するものと確信し、 筆者は今日に至っている。  本来、録音業務におけるリバーブの使用根拠は、「豊かさ」であって、「ボヨヨン」 な響きでは無い。今ひとつ評価の良くないサンプリング・リバーブも、このような認識 のもと、サンプルの取得から運用を見直せば、そのポテンシャルを示すことができる だろう。なぜなら先人たちが使用してきたリバーブのパラメータは、現実には有り得 ないフィクションであり、そのようなものとサンプリングリバーブを同列で扱うこと など、ナンセンス極まりないことと思う。ポップスよりも、依存しきっているクラシ ック音楽から問い直すべきだろう。もう飽きた。